67期将棋名人戦7番勝負最終局 -1日目感想


※お断り 筆者は将棋ど素人ですが、名人戦が面白いので書いちゃいました。なので戦術的な話は的外れかもしれません。

脳が水分を消費する?

67期将棋名人戦7番勝負最終局が始まった。泣いても笑っても今日の夜には今期の名人が決定する。ここまで羽生名人、郷田九段は3勝3敗のタイ。激戦の中運命の最終局を迎えた。名人戦は将棋界でもっとも長い9時間という持ち時間、双方合せて18時間。休憩時間も含め2日間を戦い抜くと、両対局者とも疲れ切り憔悴してしまう。

TVで見ていてもフルマラソンを終えた直後のようなやつれた姿が映る。いつも本当に辛そうで、ふとそれまでただ楽しんで観戦していた自分が、プロ棋士の尽力あってのものだと気づかされる。当然対局者の表情は(敗れた方は仕方ないとしても)勝った方も喜ぶ余裕など無い。人間が過酷な戦いから開放された間際に見せる、疲れと安堵感が混ざった何とも印象的な表情がTVに映し出される。対照的に、対局室や控え室全体では終局後の関係者のざわめきで活気を見せる。

「ただ座って頭脳労働するだけの将棋」でそれほど疲れるの?というのが素人の私がはじめに思う所だ。だが少し考えてみると、自分がもし真剣に相手の手を読みながら対局したら10分でもくたくたになってしまう。むしろ18時間も集中力を切らさず(一定以上に保ちつつ)に対局できるその気力に敬服してしまう。

実際に「対局中は脳が異常に水分を消費する」羽生さんは確かそう語っていた。私としては今までの人生でそうした目で脳を見たことがないので何とも分からないが(苦笑)、名人戦の対局室ではその言葉通り、対局者の右側にはお茶や水など数種類の飲料が備えられている。トータル時間としてはかなり短いはずの対局室中継映像でも、結構な回数飲み物を口に運ぶ姿が映っている

一局で体重も何kgも落ちる棋士も居るそうだ。

だがそんな疲労困憊で痩せた脳に鞭打つように、終局後は即感想戦でもう一つの未来(本戦の枝葉となった採用されなかった戦い)を語る。将棋をTVショーとして見た場合、この感想戦はもっとスポットを浴びて良いのではないだろうか。終了直後に勝負の世界に許されないifの論議を対戦者同士が丁寧に語ってくれる競技など中々見られない。

すべては矢倉を指す為

棋士の「良い将棋を指したい。」という言葉を良く耳にする。今回の最終局前インタビューでも羽生さんがそのような発言をしていたと思う。では「良い」とは具体的に何を意味するのであろうか?。

  • 一般の将棋ファンからしたら「良い」とは熱戦のことである。
  • 対局者にとっては「互いの力を出し切る」戦い。
  • 将棋界にとしては「新鉱脈」など新手も「良い将棋」に入るだろう。


今回の羽生さんはどんな意味で「良い」と言ったのだろう?。私の印象では、「郷田さんとしか指せない将棋」が羽生さんの中にはあるのではないか?と思う。それを実現するために、舞台としては最高級である名人戦タイトルマッチ、しかも最終局まで6局を紡いで来た系譜を互いに所有しての第7局。普通に考えれば、今対局が最も互いの波長や呼吸といったものがかみ合っているだろう。

私は将棋は素人だが、郷田さんと羽生さんは棋士の中では近しい思想がある気がする。その共通点は色々あるが、まず1つとして郷田さん羽生さんは同世代、確か奨励会入会も同年度か何かだ。棋士の世界では「世代が違えば感覚が違う」と言うらしい。今回の解説、渡辺竜王と羽生さんは世代で言うと2つ違うらしい。(間に久保棋王や木村九段の世代)

2つ目に、オールラウンダーと言われる羽生さんも、ここ一番大事な対局では矢倉が多いらしい。郷田さんは居飛車派。二人がタイトルマッチで当たると当然のように相矢倉の展開が多くなる。

はたから見ると郷田さんよりも、新しい変化に柔軟で好意的な羽生さん。いくつもそれらしき言動があるが例を挙げるとすれば、

  • 1.瀬川四段のプロ編入試験の時も影ながら後押しをし、
  • 2.コンピューター将棋の成長に協力的でむしろ楽しみにしている様子、
  • 3.NHK100年インタビューでは「今最高勝率の手は10年後最も負ける手」と言う
  • 4.新手一生の升田幸三氏を「対局してみたい1人」として語っている。

1説では「羽生さんが穴熊を採用すると勝率9割」ならしい。それでも穴熊に対して辛く(と言うか大一番ではあまり採用しない)、棋士にとって相手に「どう来るか対局前から知られている」のは想像以上にハンデなはずなのに、選び続けるのは矢倉である。。

もし今、羽生さんが将棋の神様と指すとしてもやはり矢倉に組むのだろう
そこまでこだわりを見せる姿を見ると、極論すれば私には羽生さんが「矢倉を指す時の為」に他の手を研究しているようにも思えて来る。

話を戻して今回の羽生さんの「良い将棋」とはいつもよりも対局者の郷田さんを意識したもののような気がした。何となく前回陽動振飛車を採用した郷田さんの精神面を気遣うようにも見えたのである。勿論振り飛車以後の郷田さんの猛烈な気迫は健在だが、まだ羽生さんが計算して勝てる範囲を出れなかったのではないかと思う。たぶん羽生さんの「良い将棋」とは前局を超える熱戦を望んでいる気がする。将棋は他力本願ではあるが、たとえ羽生さん片方でも「より良いものにしよう」と意思を持って対局に臨めば、郷田さんの気持ちも上向きになりエンジンがかかってくるかもしれない。実際の所どうなのだろう?。是非ほかの人の見立ても聞いてみたい。

羽生さんは本当にネット将棋が弱いのか?

ネット将棋最強戦で今年も姿を消した羽生さんを評して、もしかしたら「ネットでは強さを発揮できないのかも知れない」と書いている棋士が居た。なるほど一理ある。対局者の心理を読む術がほぼ無いからである。以前羽生さんは「対局室に入ってくる様子で相手の調子が何となく分かる」と話していた。(今は後から入室する事が多く定かではないが、)また、「棋士の強さとは『相手の狙いをさせない手』が指せるかどうかが一つの基準」とも話していた。相手の狙いを捉えるには、目前の対局者を観察する能力が結構大切なのではないか。
若手との初対局を嫌がる棋士が多い中、羽生さんが四段に対して11年間?負けていないというのも、人間共通の心理を読む能力の高さが出ているとは言えないだろうか。対戦経験の有る相手に対する傾向と対策は勿論の事、初めて対局する人間の心理も見えるのだとしたら凄い洞察力である。
「気になる棋譜はPCで追うだけでなく実際に盤で並べる」。初心者にアドバイスとして「(棋譜並べは)並べるだけでなくてどういう意図で指した手かも考えると力がつく」とも話す羽生さん。
実際に駒を並べる作業を経る事で「ここで長考するということはこう考えたのでは?」など意図だけでなく対局者の思いまでデータとしてインプットし、実局で相手の心理を読む役に立てているのでは?などと想像して楽しんでいる。


1日目、郷田さん有利?

今対局の4六歩は羽生さんから積極的に出た手なそうだ。


その手を郷田さんは(どうやら)どっしりと受け止めマイペースに戦うつもりなようだ(詳細は明日の封じ手以降となる)。
どんな手であれ、先に動けば相手に対応される以上、羽生さんは(規模は不明だが)賭けに出たとも言える。
2手目(郷田さんの一手目)から長めに考慮時間を使い、なにやら迷いを見せる郷田さんの姿に隙を見て、羽生さんは早めの仕掛けを決断したのかもしれない。
だとするとここで郷田さんの目が覚めないと勝負にならないし、羽生さんも良い将棋にする為に郷田さんの構想を必要としている。

将棋の世界では先に仕掛ける(この場合更に前例を離れる新構想?)有利不利があるが今回は精神的には強く出られている羽生さんが有利な気がする。
だが実際の局面では4六歩の仕掛けで凄く羽生さんが有利になるという感じでもない。むしろ7二飛で玉頭に飛車を当て郷田さんが一つ武器を手に入れたように見える。明日は放送も4回と多く終局まで目が話せない。
1日目の総括としてこんな感じだったが、この文を読まれた方はどう思われただろうか?